indigo elegie

05 かつての青春が呼び戻す光

 雄英高校を卒業してからも、爆豪と緑谷は定期的に顔を合わせ、共に鍛錬の時間を過ごしていた。日々の慌ただしさの中で、そのひとときは二人にとって貴重であり、どこか懐かしさを感じさせつつも新たな刺激で胸を高鳴らせていた。

「もうここまで本格的じゃなくてもいいんだけど」

 教師だし、と緑谷が控えめに笑う。それに対し、爆豪の視線は妥協を一切許さないもので、まるで鋭い刃のように突き刺さる。

「甘えんじゃねえ。鍛錬サボったらコロス」

 短くも強い意志を込めて返す。かつて共に追い求めたヒーローとしての炎を、緑谷の中で絶やさせまいとする密かな思いが、その一言に凝縮されていた。

 あの血と汗にまみれた青春の一ページを閉じることなく、彼らの関係は形を変えながら続いている。

 OFAの力を失い無個性となった緑谷はヒーローの道を離れ、教師として歩み始めて数年が経つ。しかし、長年にわたり爆豪が陰で進めてきた計画が、ついに形となる日が訪れた。ヒーローデクのために設計されたパワードスーツが完成し、彼が再びヒーローとしての一歩を踏み出す日がやってきたのだ。

 今夜も、夜風が少しぬるさを帯び始める春の終わりの空気の中、二人はトレーニング場で汗を流している。わずかに湿り気を含んだ風が天井の淡い光に照らされながら空気を揺らし、二人の影が床に柔らかな輪郭を映し出す。何度も繰り返される激しい動きが影絵のように揺れ、時に一つに重なり合うように見える。

 トレーニングにひと段落ついた二人は、呼吸を整えるためベンチに腰を下ろす。春の名残を感じさせる空気が汗ばむ肌を心地よく冷やし、季節の移ろいが胸に染みわたるようだった。

「はあ……さすが、かっちゃんだね。ついていくのがやっとだよ」

 緑谷が息をつきながら小さく笑う。爆豪はタオルで顔を拭い、冷たいドリンクをひと口含む。

「ふん。あたりめーだろ」

 短く言い放つと、爆豪はドリンクボトルを手元に置き軽く肩を回す。その仕草に、長年培われた自信と油断のなさが見え隠れしていた。

「でも、かっちゃんがいてくれると僕もまだまだ頑張れる気がするよ」
「俺を追い抜く気はねーのか」
「……あるに決まってるだろ」

 爆豪の挑発的な言葉にも動じることなく、緑谷は強気な微笑みで返す。その瞳には、かつてと同じ強い意志が宿っていた。

 二人の呼吸が落ち着くにつれ、ふとした静けさが訪れる。ドリンクを握りしめながら視線を少し外し、遠くを見つめるようにしていた。その横顔を見つめながら、緑谷は再び口を開く。

「そういえば、ちょっと聞きたいことがあってさ」
 緑谷は言いにくそうにしながら、しばらく爆豪の表情を窺うようにしていた。
「小耳に挟んだんだけど……かっちゃん、彼女いるって本当?」
「あ?」

 その言葉に、爆豪は一瞬驚いたように目を見開き、無言でドリンクボトルを握りしめた。

 緑谷の表情はどこか気まずげながらも、目の奥には抑えきれない関心が見え隠れしている。爆豪の反応を窺うように口元には小さな笑みが浮かぶが、視線はどこかそわそわとしていた。しかし、その笑みにはからかいの色はなく、純粋に彼をもっと知りたいという気持ちがにじみ出ている。

「誰だ喋ったやつァ…」と、爆豪は低く吐き捨てた。自分のプライベートをあれこれ話されるのは気に食わないし、ましてや緑谷に知られるのはどうにも居心地が悪い。

「いや、からかうつもりじゃなくて。……ただ、かっちゃんってどういう人を好きになるのかなって、少し気になって」

 緑谷は慌てたように手を振りながら弁解する。その頬はわずかに上気し、どこか期待のこもった眼差しが爆豪を捉えていた。

 その視線を受け止めながらも、内心複雑な思いを抱いていた。恋愛話なんて、そもそも自分の柄ではない。しかも相手は緑谷。二十年もの長い付き合いである。気恥ずかしさを感じないわけがなかった。だが、こんなことで動揺を悟られるのも癪である。爆豪はしばし沈黙し、やがて小さく舌打ちをした。

「……別に、フツー」とぶっきらぼうに答えるが、頬がわずかに染まっており、照れていることが見て取れる。その瞬間、緑谷は目を輝かせ興奮したように声を上げた。

「普通じゃないよね!? かっちゃんが好きになる人でかっちゃんと付き合える子なんてきっと普通じゃない! 一体どんな人なの?」
「ああ!? 俺と付き合うやつは異常だって言いてえのかテメエ!」

 目を輝かせながら迫ってくる緑谷に思わず声を荒げる。しかし、当の幼馴染は興奮冷めやらぬ様子で話を続ける。

「かっちゃんみたいに強くて自分の信念にまっすぐな人と付き合うってことはやっぱりそれに負けないくらい強い人なんだろうな。完璧主義なこの性格を受け止められる人なんてそうそういないと思うし。でも、そんな人ならかっちゃんの良いところもちゃんと分かってるはずだからきっと上手くやっていけそうだよね。それに……」

 緑谷は頭の中で思いを巡らせながら、さらに話を続けていく。その口元が緩みきっており、まるで夢見心地のような様子に、爆豪のこめかみに青筋が浮かぶ。

「ブツブツうるせえんだよ! 急にスイッチ入れんなキメエ!」

 声を張り上げながら緑谷の話を遮る。勝手に妄想を膨らませる緑谷に、怒りを通り越して呆れの感情が湧き上がる。爆豪の怒声に緑谷ははっと我に返り、「ごめん」と申し訳なさそうに頭を掻いた。

「で、どんな子なの?」

 諦めきれない様子で、緑谷は爆豪に問いかける。だが、その目は明らかに好奇心に満ちており、引こうとしない気迫があった。付き合いが長くなり以前よりこの幼馴染に対して遠慮がなくなっている。

 爆豪は再び沈黙し、視線を逸らしながら口を開いた。

「仕事はできる。無駄に頭が回るせいで、余計なことまで考えて自滅するバカな女だ。愛想が特別いいわけでもねえし、目立つような奴でもねえのに……目で追っちまう」

 褒めているわけでもないのに、どこか彼の中に彼女への愛しさが滲みでている。彼女が隣にいることを「悪くねえ」と言い切る声には、かすかな柔らかさが感じられた。

 緑谷は驚いた表情で爆豪を見つめる。爆豪がこんな風に誰かについて語るのは初めてであり、その姿にどこか新鮮なものを感じた。

「そっか。かっちゃんがそうやって誰かのこと話すのは、ちょっと嬉しいかも」

 夜の静けさに包まれ、緑谷の穏やかな声が静かに響く。その言葉が心にふっと染み渡ると、爆豪は少し居心地悪そうに眉をひそめた。

「もうこの話は終わりだ」

 そっけなく言い放ったが、その声に照れが混ざっているのは自分でも感じ取れてしまう。無意識に視線を逸らし、手元のドリンクボトルを握りしめた。夜風が肌をかすめるたびに、ほんのり赤くなった頬が少しひんやりと冷やされるのを感じた。

「きっと素敵な人なんだろうね。今度紹介してよ」

 緑谷がからかうように微笑むと、爆豪は眉をひそめてすぐに言い返す。

「ぜってえやだ」

 その言葉とは裏腹に、表情にはわずかな晴れやかさが浮かんでいた。彼の心の奥底に潜む、普段見せない柔らかさが一瞬だけ顔を覗かせる。それに気づいた緑谷は静かに目を細め、優しく微笑んだ。

 

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