運ばれてきた食事はどれも美味しかった。ハワイの伝統的な料理にアレンジを加えた料理はどれも見た目にも美しく、食材の味を生かしながらどれも繊細で絶妙なバランスで作られていた。食事は立香の口にも合ったらしく、美味しそうに料理を頬張っていた。サバフェスでの疲れも多少はあるのだろうが、食事をする彼女の顔は明るい。楽しそうな様子を見ているだけで僕もなんだか満ち足りた気持ちになった。
ディナーのあとは、二人でプライベートビーチに出て海と夜空の景色を堪能した。あの砂浜から見る海は空よりも深い青をしていてとても神秘的だ。光を浴びて煌めく水面は星空を映し出し、穏やかな波音が耳に心地よく響く。
日が沈み暗闇に覆われた世界で、波音だけがその存在を主張していた。星降る夜、というのを体現したような景色は時を忘れて見惚れてしまうほど美しかった。
波打ち際で砂浜に並んで腰を下ろしながら海を眺めていると、自然と手を重ね合っていた。そっと指先を重ねただけでも気恥ずかしさはあって熱っぽく視線が絡んで余計に心臓が大きく脈打つ。
「ありがとね」
「……なんだよ急に」
唐突な感謝の言葉に思わず怪訝な顔を向けると、彼女は苦笑して頬を搔く。
「一緒に来てくれてありがとう、て思っただけ」
カドックとこんな風に過ごせて嬉しい。と、ぽつりと口にする。その声はとても穏やかだ。
「こんなので喜ぶのかよ」
「もちろん。だって本当に夢みたいだから」
目を細めて笑う彼女を見て、何故だか胸のあたりがざわつく。嫌な予感に似たそれを無視していると「ねえ」と呼びかけられ再び目が合う。立香の睫毛が揺れて月明かりを吸い込んだ瞳がきらきらと煌めいた。眩しさの中に宿る諦観と覚悟の色がちらついて、刹那息を飲む。
「今日のこと、忘れないでね」
そう言って笑いかける彼女に胸が軋む音がする。
そんなささやかな願いで満足するなよ。もっと、あるだろ。他に。
そう思って眉間に皺を寄せれば彼女は軽く目を見張った後、おかしそうに笑いだした。
「なんかすごく不服そう」
「はあ?」
クスクスと笑っている姿を見ていると呆れ半分、腹立たしさ半分。こっちの気も知らないで何笑ってるんだよ。なんだかそれにムッとした自分が馬鹿らしくなり、肩を引き寄せて腕の中に閉じ込めれば抵抗することもなく胸元にその身を委ねてくる。僕の腕の中で楽しげに笑う声は耳をくすぐるようで。その姿を見ていると得体の知れない苛立ちは何処へやら……いつの間にか穏やかな気持ちになっているんだから、僕も案外単純だ。でもきっとそれは悪い変化じゃない。
「おまえも忘れるな」
「……うん」
わかってるよ。小さく呟いた声と共に背中に彼女の細い腕が回された。伝わってくる彼女の体温があたたかい。
波音が大きくなるにつれて段々と口数が減り、次第に無音へと近づいていく。ただ触れ合った部分から伝わってくる熱だけが互いを繋いでいた。
穏やかな沈黙が続くなか、立香が顔を上げて僕を覗き込んできた。潤んだ瞳に思考を奪われ、思うままに唇を重ねる。合わさった唇からくぐもった声と温かな吐息が洩れ出す。柔らかな唇を食みながらさらに深く合わせたくてその頬に触れると、彼女は従順に顔を傾けて応じてくれる。艶めく唇の間を舌先でなぞって少し開いたところで口内に侵入すると肩が小さく震えた。
舌先に感じる熱は与えられる快楽に期待をしているのか、それとも僕と同じようにこの甘い衝動に身を焦がしているからか。きっとそのどちらもだ。立香の柔い舌を味わうと、遠慮がちにぎこちなく触れ返してくる。
初めてするわけでもないのに彼女から返されるその拙い反応が愛おしくて優しく口付ける。ゆっくりその体温を共有していたせいで熱は昂っていくばかり。
名残惜しそうに唇を離すと、息を整えながらも物足りなさそうな眼差しを向けられ、再び僕の中の情欲の炎が灯る。
ああ……本当にやりづらいな。コイツは。
「カドック」
蕩けきった瞳が僕を見つめ、何かをねだるような表情にどくりと心臓が鳴った。言いたい事なんて聞かなくてもわかる。
「部屋、戻るぞ」
砂浜についていた手に力が籠り、砂が少しだけ抉れた。立ち上がり手を引けば少し遅れて立香も腰を上げる。熱の篭った眼差しを受けながら海を後にした。