indigo elegie

覚悟して #4

 ダ・ヴィンチちゃんの工房で魔術礼装のメンテナンスをしてもらっている間ずっと上の空だった。原因は言うまでもなく、あのことだけれど。作業台の上にはわたしがさっきまで着ていた魔術礼装が置かれていて、モニターに映されたのは細かな数値や映像だったが、わたしはそれをぼんやりと眺めるだけで内容はあまり理解できていない。
「うんうん、こちらも特に問題ないね。しいていうならもう少し軽量化してもいいかもしれないけど……それはまた追々かな」
 ダ・ヴィンチちゃんはわたしの心ここにあらずな様子にも構わず、てきぱきと作業を進めていく。小一時間ほどですべての工程を終えると、彼女はうんと伸びをしつつこちらを振り返った。
「これでよし。お疲れさま、リツカちゃん」
 にこっと笑う姿にこちらもつられて微笑む。メンテナンスしてもらったばかり魔術礼装に袖を通すと、ダ・ヴィンチちゃんは満足そうに目を細めた。
「さて、メンテナンスはおしまいだけど」
 そこで言葉を区切る。何だろうと首を傾げていると、ダ・ヴィンチちゃんはわたしを見つめたまま笑みを深めた。
「次は君のカウンセリングだ」
「カウンセリング?」
 目を丸くすると、ダ・ヴィンチちゃんは頷く。メンタルケアは既にメディカルチェックで行っている。何か問題でもあっただろうかと不安になったが、その心配をよそに、ダ・ヴィンチちゃんは明るい調子で告げる。
「なに、そんな大層なものじゃないよ。ただ話をしよう、それだけさ」
 作業台の上で紅茶を淹れ、クッキーを一袋添えて椅子に座るわたしに微笑みながら差し出す。ありがたく受け取りながら、紅茶の香りに頰を緩めた。
「話?」
「そう、恋バナなんてどうだい?」
「こ、こいばな!?」
 予想もしなかった言葉にクッキーを食べる手を止め、素っ頓狂な声を上げてしまう。ダ・ヴィンチちゃんは楽しげに、そしてどこかわくわくした様子でこちらを見ていた。
「そんなに驚くことはないだろう? 君だって年頃の女性なんだ。恋を語らいたいこともあるだろう?」
「い、いや、その……」
 恋、と言われて顔が熱くなる。タイミング的にわたしがカドックとそういう関係だとダ・ヴィンチちゃんは気付いているんだろう。
「おせっかいだとはわかっているけど、最近の君のバイタルグラフを見ていたらいてもたってもいられなくなってね。恋の病に薬なし、なんていうけれど実際のところどうなんだい?」
 ダ・ヴィンチちゃんは頬杖をついて、じっとわたしを見つめる。期待に満ちた眼差しというか、キラキラしてて眩しい……。
 体温、心拍数や呼吸状態までモニタリングされてることは知っていたけど、データ化されるとさすがにちょっと気恥ずかしい。彼女の美しい青い瞳に見つめられ、観念したように息を吐く。
「もうわかってると思うけど、カドックとわたし、そういうことになって」
「うんうん」
 ゆっくりでいいよ、と言わんばかりの相槌にまた恥ずかしくなって目を伏せる。紅茶の入ったカップの持ち手に触れている指先が熱を持ちじわじわと広がる。そっと息を吐き出すように口を開く。自分の立場と、彼の今の状況。芽生えた感情と交錯した時間を思い出しながら、ひとつひとつ口にする。ダ・ヴィンチちゃんは時折質問を交えつつ、相槌を打つ。気づけば、わたしは胸の裡を吐露していた。
「──と、いう訳で。今は、カドックと先に進みたいなって思っている、かな……」
 最後のほうは羞恥でごにょごにょしてしまった。ダ・ヴィンチちゃんの顔をまともに見られないまま、俯いてしまう。すると、ふふ、と愉快そうな声が聞こえてきた。
「なるほどなるほど。うん、いいねぇ、実に青春してる」
 そう言って彼女は嬉しそうに目を細めた。それから、作業台に肘をついて組んだ手に顎を乗せ、わたしをじっと見つめつつ言葉を継ぐ。
「君は人類史の未来のため何度も命を懸け心も体も傷ついてきた。状況的にやむを得なかったとはいえ、魔術師ではなかった君の立場を思えばそれは過酷で時には理不尽だったと思う。それでも君は諦めず、まっすぐ前を見据えて走り続けてきた」
 多くの出会いと別れを経験してきた。喜びも悲しみも希望も失望も。汎人類史を取り戻すため立ち止まることはできないまま走り続けてきて、今もまた進もうとしている。
「これまで、たくさんの英霊たちと縁を紡ぎ結んできたね。中には特殊な絆を結んだ英霊もいるね。だけど、現代の魔術師として生きている彼、カドック・ゼムルプスとの縁は歪な形から始まったが、君が初めて得た『愛を交わす相手』だ」
 ダ・ヴィンチちゃんはそこで言葉を切ると、静かに目を閉じた。そよ風が吹いたように、その穏やかな表情が揺れる。
「だから私は嬉しい。リツカちゃんに、他でもない君に心を寄せる相手ができたことが」
 その言葉に、表情に、胸を衝かれる。ケイローン先生もダ・ヴィンチちゃんもわたしを肯定してくれる。ひとりの人間としてわたしを見守ってくれる。それが嬉しくて、目の奥がじわりと熱くなったのを必死に堪える。
「心配はいらないよ。私はいつだって君の味方だ」
 ダ・ヴィンチちゃんが力強く頷いて微笑む。わたしは、うん、と頷くので精一杯だった。
「さあ! そうと決まれば善は急げだ」
「え?」
「今日と明日は君たちが気兼ねなく過ごせるよう、私がお膳立てしよう」
「ダ・ヴィンチちゃん?」
 目を白黒させていると、ダ・ヴィンチちゃんはますます楽しそうに目を輝かせる。そして新たなモニター表示させると操作していく。
「異変があればすぐに気づくことができるよう、カルデアは常に君たちのバイタルをモニタリングしている。マスターに何かあったとなれば一大事だからね」
 モニターに映し出されたのは、わたしのバイタルデータだ。今は平常値を示すグラフが映し出されている。ダ・ヴィンチちゃんは、そこにいくつかの項目を打ち込んでいく。
「プライバシーの観点からマスターとして活動していない時間、いわゆるオフタイムのバイタルデータは限られた人員しか閲覧できないようになっている。それを一部変更するね」
 一体何を変更したのだろうか。次から次と、モニターに映し出される文字列。そのひとつひとつがわたしには理解できないコードや数字で、何をしているのか見当もつかない。ダ・ヴィンチちゃんは、わたしの反応などお構いなしといった様子で嬉々として話を続ける。
「この四十八時間のバイタルデータは一切開示しないように設定したよ。ああ、私を除いてね。申し訳ないけどそこは了承してほしい」
「へ?」
 ダ・ヴィンチちゃんが、にぃっと唇の端をつり上げる。いたずらを思いついた子供のように、目をキラキラさせながら。

「つまり、君とカドックがどこで何をしようとも誰も知ることはできないというわけだ。遠慮なく逢瀬を楽しんでくれたまえ」
 

 

 

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