indigo elegie

きみのその笑顔が

 目を覚ますと、薄暗い部屋の天井にぼんやりと光が差し込み、視界の中で揺らいでいる。それはまるで夢の残り香のようにどこか現実感を欠いていた。
 瞬きを一度、また一度と繰り返すたび目の前の情景が少しずつ鮮明になり、シーツの柔らかな感触が肌に伝わってくる。このシーツの肌触りも見上げる天井も、どれも自分のものではない。
 頭の中がまだ霧がかったようにぼんやりとしているが、ここが自分の部屋でないことだけははっきり理解できた。

 昨日は家に帰らなかったんだっけ……?
 
 朦朧とした意識の中で自分に問いかける。だが、その答えは出てこない。


 頭の奥で鈍い痛みがじんわりと広がり、二日酔いらしき感覚に思わず眉をひそめた。


 記憶を辿ろうとしたその瞬間、視界の端で何かが動いた。全身が一瞬で緊張し、思考が止まる。ゆっくりとそちらに顔を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 隣に寝ているのは驚くほど整った顔立ちの男──いや、二宮匡貴だ。


 心臓が一気に高鳴り動揺で身体がこわばるのを感じる。


 どうして、彼がここに?


 昨日の出来事が少しずつ頭の中に浮かび上がってくる。本部オペレーターのシフトが終わった後、大学の友人でありボーダー隊員でもある加古望に誘われいつもの居酒屋に向かった。加古の隣には同じく同級生の太刀川慶もいた。何度も顔を合わせているメンバーだから、気にせず飲み始めた。三人で食べて飲んで、気楽におしゃべりを楽しんでいたはずだった。


 でも、そこからの記憶が曖昧だ。いつ店を出たのか、どうしてこんな状況に陥ったのかが全く思い出せない。
 飲み過ぎて記憶が飛ぶなんて自分にはありえないと思っていたのに、昨日は太刀川くんにうまく乗せられてしまったらしい。私の記憶の限りではあの場に二宮くんはいなかったはず。それなのに、目の前には確かに彼が眠っている。


 頭が徐々に覚醒していくにつれて、全身の感覚が戻り始める。


 そして、その瞬間全身に寒気が走った。布団の中で微妙に違和感を感じる何かに気づき、血の気がサッと引いていく。


 私、服を着ていない。


 さらりとしたシーツが直接肌に触れ、その感触が妙に生々しく感じる。布団をめくると冷たい空気が間に入り込み肌を掠めていった。


 うん、間違いなく素っ裸だ。


 驚きと困惑が一気に押し寄せ心臓が速くなる。ふと二宮くんに視線を移すと、彼の肩が布団からはみ出していて無防備な肌が目に入った。下半身の様子を確かめる勇気はないけれど、少なくとも上半身は何も着ていない。脳裏に浮かぶのはまさかの「朝チュン」だ。男女が裸でベッドにいるという状況は、そういうこと……?


 いやいや、そんなことあるはずない。必死に否定したいが、自分の下腹部に残る違和感が現実を突きつけてくる。何かがあったのかもしれない、と思うと顔がカッと熱くなった。


 二宮くんと私は恋人同士ではない。私は彼に対して少なからず好意を抱いているけれど、それを表に出すことなく、ただ友人としての距離感を保ってきた。


 私の立ち位置も頭脳も外見も、これといって目立つところはない。どう考えても、彼と釣り合うとは思えない。加古ちゃんみたいに強くて美しい女性ならもっと自信を持てただろうけど、そんなことを考えても仕方ないとすでに諦めている部分もある。


 彼に恋人がいるという話は聞いてないけど、付き合っていない女性ともこんなことをするタイプなのだろうか? 


 いや、そんな人ではないと思う。二宮くんはきちんとした人だし……。


 そもそも、昨日彼とどこで会ったんだっけ?


 頭の中で思考がぐるぐる回り、まるで出口のない迷路に迷い込んだように答えが見つからない。


……逃げるしかない。


 そう結論づけた瞬間、胸の奥で自己嫌悪が湧き上がる。最悪な選択肢だし、まるで「ヤリ逃げ」みたいになってしまうが今はとにかく二宮くんの顔をまともに見る勇気がない。この状況を無視して逃げ出すのは正直どうかと思うが、気持ちが落ち着くまでは話せそうにない。


 嬉しくないと言ったら嘘になる。いや、正直少しだけ嬉しい。だが、その感情を心の奥に押し込んでおくしかない……まあ、記憶も曖昧なんだけど。


 部屋を見回してみる。シンプルだけれど生活感のある家具や家電が整然と並んでいる。


 ここはホテルじゃない。おそらく二宮くんの部屋だろう。ベッドの脇に置かれた時計が目に入る。針はちょうど7時10分を指していた。今日は二限から講義があるが、二宮くんの家と私の家は近いので今からでも戻ればシャワーを浴びて大学に向かうのに十分な時間がある。


 そう思い決意を固め、静かに体を起こそうとした瞬間、ベッドが思った以上に大きな音を立てて軋んだ。


「ぅ……」


 微かな声とともに、二宮くんの固く閉じられていた瞼がゆっくりと開いていく。私の逃げるという決意は、あっけなくも儚く崩れ去った。


 目を覚ました二宮くんは、青ざめた私を見上げてからゆっくりと上体を起こした。ベッドはすでに二人分の重みで限界を迎えているかのように鈍い音を立てる。その音とともに布団がずれて、隠れていた彼の裸体が露わになった。均整の取れたその体は驚くほど美しくて、一瞬、目が釘付けになったがすぐに反射的に視線をそらした。直視するにはあまりにも刺激が強すぎる。


「起きてたのか」


 寝起き特有の掠れた声。いつもと違う、少し気怠そうな表情の彼は普段の二宮くんとはまるで別人のようだ。驚くほど色気があって、どうしてこんなに魅力的に見えてしまうのかわからなかった。


 動けず言葉も出ない私を不思議に思ったのか、二宮くんは片手をついて顔を覗き込んできた。近い……顔が、あまりにも近い。


「どうした。どこか痛いか?」


 彼の声が意外にも優しくて、胸がぎゅっと締め付けられる。この温かい空気まるで恋人同士が初めて一夜を過ごした後の、甘い朝の会話のようだ。


 心臓が大きく脈打ち、顔がさらに赤くなっていくのが自分でもわかる。だけど、このまま流されるわけにはいかない。昨日何が起こったのか、はっきりさせなければならない。


 私は、体を覆っている布団を胸元まで引き上げ、ぎゅっと握りしめた。口が重くて開きにくいが思い切って言葉を絞り出すように話し始めた。


「に、二宮くん、あの、昨日のことなんだけど……」


 声が震えているのが自分でもわかる。心臓が激しく脈打ち、二宮くんの顔を見ることなんて到底できなかった。目の前にいる彼の存在が、あまりにも近く、あまりにも圧倒的すぎて。勢いよく頭を下げると、額が柔らかな布団に深く沈み込んだ。


「ごめん! 私、酔ってたみたいで……どうして二宮くんと一緒にいるのか、何も覚えてなくて。それに、その……本当にごめんなさい!」


 言葉が口から溢れ出すように飛び出して、情けないくらいに噛んでしまった。それでも、伝えなければならない気持ちだけは必死に押し出したつもりだった。


 先ほどまでほんのわずかに感じていた甘い空気はまるで風が吹き飛ばしたように消えてしまい、部屋の静けさが一層冷たく感じられた。


 視線を上げることができないまま、頭を布団に伏せたままの姿勢でじわじわと湧き上がる後悔に包まれていた。


 きっと、もう以前のように気軽に話すことはできないだろう。このままでは友達の関係さえ壊れてしまうかもしれないという恐れが胸の中で渦巻く。目の奥が熱くなり、涙がこぼれそうになるのを必死にこらえる。


 そのとき、頭上から二宮くんのため息が重く静かに降り注いできた。


 心の中で「終わった」とつぶやく自分がいた。

***

「確認するが、本当に覚えてないのか」


 二宮くんの声が低く響いた。私はまだベッドの上にいて、彼も服を着ることなく私の隣にいる。肌の露出が余計に状況を緊張させ、まともに顔を合わせることができない。それでも何とか彼の質問に答えなければならなかった。


 二宮くんも困惑しているのかもしれない。普段の彼とは違う、どこか冷静さを欠いたトーンが私の胸にひりひりと刺さった。


「うん……本当に、何も覚えてないの」


 静かな声でそう答えると、再び沈黙が訪れた。


「俺と話したことも、覚えていないのか」


その問いに、頭の中がさらに混乱する。一生懸命思い出そうとするけれど、まるで濃い靄がかかったように記憶がぼんやりとしていて何も浮かんでこない。


二宮くんは目を閉じたまま、鼻筋をつまんで苦い顔をしている。その仕草から、彼の困惑が伝わってくる。


「受け答えははっきりしてたが……」


 彼の言葉に、胸が一気に重くなる。確かに、私は酔っても記憶をなくしたことなんて一度もなかった。以前、加古ちゃんにも「酔ってても素面みたいに話すよね」と言われたことがある。でも、昨日の記憶は本当に曖昧で、何がどうなってこんなことになったのかさっぱりわからない。


「昨日は加古ちゃんと太刀川くんと飲んでたんだけど……二宮くんとは、いつ会ったんだっけ?」


 勇気を出して尋ねると、二宮くんは少し目を開け、答える。


「……太刀川の野郎に呼び出された。そろそろ解散するから迎えに来いって」
「え?どうして二宮くんに連絡が行くの?」


 純粋に疑問だった。加古ちゃんは私の家を知っているし、もし酔いすぎていたならタクシーで帰すだけでいいはず。それなのに、どうして二宮くんが呼ばれたんだろう?


「それは……太刀川が余計な世話を焼いたんだろう」


 二宮くんが少し顔を逸らして言うその様子に、嫌な予感が走った。


 余計な世話? まさか……私の気持ちが太刀川くんたちにバレていて、二人きりにしようとしたの? それで優しい二宮くんが送ってくれて、私が酔った勢いで……まさか、襲った? 自分の理性がそこまで脆いとは信じたくないけれど、そうじゃないとこの状況の説明がつかない。


「もしかして……私、二宮くんに迫ったり……した?」
「……」
「っ!やっぱり……」


 二宮くんが何も言わないってことは、そういうことがあったんだ。


 そう確信した瞬間、頭がぐるぐると回り始め自己嫌悪の波が押し寄せる。


 自分がそんなことをしたなんて……信じたくなかった。顔を両手で覆い、現実から逃げたくなる。


「いや、手を出したのは俺だ」
「……へ?」


 いま、何て言った? 手を出したって……?


 その言葉があまりにも衝撃的で、思わず口にしてしまった。


「二宮くんって、好きじゃない女の子に手を出すの?」
「本当に覚えてないんだな」


 静かな怒りを含んだ瞳に、胸がぎゅっと締めつけられる。


 今まで理性的で冷静な二宮くんだと思っていたけど彼だって男だ。そういうこともあるのかもしれない。だが、次の彼の言葉がそれを一瞬で打ち消した。


「言っておくが、合意の上だ。俺が……」


 何か言いかけて、二宮くんは急に口を閉じてしまった。その途端、私の心に疑問が膨らむ。


「え? なに?」


 続きを促そうとすると、二宮くんはそっぽを向き頑なに口を開こうとしない。焦りが胸を締めつけ、昨日の出来事を知りたいという思いが強くなる。彼しかその真実を知っていないのだから。思わず体を寄せて詰め寄った。


「二宮くん、教えて」


 そのとき、自分が服を着ていないことなんてすっかり忘れていた。ただ、彼に何があったのかを知りたかった。それだけだった。


 険しい表情で唇をぎゅっと結んでいた二宮くんはしばらく沈黙していたが、私の真剣な声に心を揺らしたのか、深く息を吐きゆっくりとこちらに視線を戻してくれた。


「俺は、何とも思っていない女と寝たりしない」


 その言葉が私の耳に入った瞬間、時間が止まったような感覚がした。二宮くんの声はいつもと変わらない穏やかなトーンなのに、まるで心臓を掴まれたかのように胸がざわつく。


 言葉の意味を理解しようと必死に考えを巡らせる。これは、さっき私が「好きじゃない女の子に手を出すの?」って聞いたことへの答えだよね?


 視線をそっと彼に向けると、二宮くんは微動だにせず私を見つめていた。その瞳にはいつもと違う真剣な色が宿っている。薄明かりの中で彼の顔がぼんやりと浮かび上がり、その表情からは一切の揺らぎが感じられない。


 よかった、やっぱり二宮くんはそんな軽い人じゃない。私の認識は間違ってなかったんだ――ホッとする気持ちが広がる。けれど……待って。彼はさっき、自分から手を出したって言ったよね?


 つまり……?


 胸がドキリと鳴り、頭の中で一つの仮説が浮かび上がる。それは私が心のどこかでずっと願っていたこと。


 でも、そんな都合のいい話が本当に……?


 不安と期待が交錯する中で、心臓がますます早く鼓動を刻む。


 二宮くんは、まっすぐに私の目を見つめている。その瞳の奥に、何かを伝えたいという強い意志が感じられた。まるで、「ちゃんと分かっているか?」と無言で問いかけられているようだった。室内は静まり返っていて、二人の呼吸だけが淡く聞こえる。


 どうしよう、何か言わなきゃ。この沈黙がますます私を焦らせる。おそらく昨日、私たちの関係が何かしらの形で変わってしまったのだろう。


 だからこそ、今知りたい――彼の気持ちを。自分が彼にどう思われているのか、はっきりと確かめたい。


 ベッドの上、身体を包む布団の重さが妙に意識されるなか、私は彼に向かってゆっくりと口を開く。


「二宮くん」


 声が震えていた。けれど、もう後戻りはできない。


「昨日何があったか教えて……」


 顔が熱を持ち、まるで火照ったかのように赤くなっているのが自分でも分かる。誰が見てもいまの私は真っ赤に染まっているだろう。緊張と不安、そして期待が入り混じった感情が私の心を乱していた。


「あのやり取りをまたやれと言うのか、お前は」


 二宮くんがふっと目を細め、いつもの冷静な表情とは違う柔らかな雰囲気をまとって私にそう言った。その微笑みが、まるで優しく包み込むように感じられ胸が締め付けられる。二宮くんの表情にどうしようもなく心が揺さぶられる。


「だって、覚えてないから……ごめん」


 緊張で体が震えていた。息を吸い込もうとするけれど胸が詰まってうまく呼吸できない。頭の中では彼の言葉を聞きたいという一心で、ただそれだけが私を動かしていた。


「いや、酔っているときに話す内容ではなかった」


 そう言うと、突然二宮くんが私の二の腕をぐっと引いた。驚いてバランスを崩し、気づいたときには彼の胸元に飛び込んでいた。肌と肌が触れ合う瞬間、直接的なぬくもりが伝わってくる。お互いに何も身に着けていないから、触れた部分から体温が混じり合うのがわかる。彼の腕が私の背中に回り、そっと抱きしめられる感覚に全身が震えた。


 部屋は静まり返り、二人の体温だけがこの小さな空間を満たしているようだった。


「俺と付き合ってくれ、と言った」


 彼の低い声が、耳元で囁かれるように響く。心臓が大きく跳ね、まるで夢を見ているかのような感覚に襲われた。信じられない、けれど……本当に嬉しい。涙が出そうになるのを必死で堪えながら、私は震える手を彼の脇腹に回し、ようやく言葉を絞り出す。


「私、二宮くんのこと好き……」


 その言葉に、彼はすぐに応じた。


「それは昨日聞いた」


 耳元に彼の温かい息がかかり、彼が微笑んでいるのを感じた。顔は見えなくても、その笑顔がはっきりと伝わってくる。部屋の中の静けさと、二人だけのぬくもり。そんな特別な空間の中で、私は彼の存在をますます大きく感じていた。


 背中にまわされていた右腕がゆっくりと私の体を滑り顎を掴まれて優しく上向きにされた。視線を上げると二宮くんが顔を傾けて目の前まで来ていて、一瞬目が合ったと思ったら唇に柔らかな感触。すぐ離れて、また唇を押し付けられる。薄く口を開けば、上唇と下唇を交互に吸われてくすぐったいけど気持ちいい。


 顎を掴んでいた手は後頭部を支えるように回されていて、離さないよう口付けがさらに深くなる。深く唇が合わさって、息苦しいのに心地好い、そんな感覚に支配され始めた。


 ちゅ、と音を立てて唇が離れると体重を掛けられベッドに倒された。邪魔だというように体にかけていた布団は剥がされ二宮くんが覆いかぶさってくる。また唇が触れ合って、二宮くんの舌が滑り込んできて簡単に絡めとられた。舐めたり吸ったりを繰り返して夢中になる。好きな人とのキスはどうしてこんなにも満たされるんだろう。


 彼の首に両手をまわし、合わさった唇の間から吐息が漏れて、それすらも快感でもっともっと欲しくなる。
 口付けを交わしながら二宮くんの右手が私の胸を下から包むように触れてきてビクッと反応していまい、我に返った。


 胸板に手を置いて軽く押し離した。彼の顔が近すぎて気持ちが追いつかない。口付けを中断されたことが不服そうで、少し不満げな表情を浮かべている。


「あの……今から、するの?」


 何を、とは言わなかったけれど、言わなくても明白なこと。だけど一応確認したかった。心臓が激しく鼓動しているのが自分でもわかる。


「昨日の再現をするんだろう」


 平然と、澄ました顔で言った。その瞬間、一気に顔が熱くなり、私は慌てて口をパクパクさせて抗議する。


「そこまで言ってないっ!」


 二宮くんもきっとわかっているはずだ。それでもこんな風にさらりと言うのは、きっと私をからかっているんだ。
 彼が冗談を言うなんて……意外な一面に少し驚きつつも、心がわずかに躍る。


 そんなことを思っていた矢先、突然二宮くんの顔が私の首筋に埋まり、ちゅうと甘く吸い付かれた。肌に彼の唇が触れる感覚に、全身がびくんと震える。


「ここで止めろというのは無理だ」


 彼の低い声が耳元で囁かれる。その声は理性を失いそうなほど甘くて、胸の奥で響いた。彼の体温がすぐそこにあって、そのぬくもりに包まれると私の心も体も抗えないほど引き込まれていく気がした。


 はぁ、と熱のこもった息を吐いて臍の下に押し当てられた硬いものに、体中が熱くなる。


 自分を求めているという事実が嬉しくて、たまらなくて、応えるように顎の下にある二宮くんの頭をギュッと抱きしめた。


 気持ちが伝わったのか頭を上げてまた口付けられ、胸のところで止まっていた手がやわやわと動き出した。

***

「あっ…あっ」


 この悩ましげな声に一番驚いているのは自分自身だった。触れられるところすべてから快楽が広がって声が出るのを抑えられない。


 二宮くんの唇が首筋から喉元、鎖骨、胸元と這ってそれだけでゾワゾワする。胸の頂を口に含まれ刺激を受ければ、自分の意思とは無関係に頂が立ち上がりもっともっとと刺激を求めている。そこに軽く歯を立てられてしまい声が漏れた。


「あっ、ん……」


 しだかれ始めたもう片方の膨らみが、二宮くんの手で柔らかに形を変える。薄紅の頂を強く吸い付かれて、突き抜ける甘美な痛みにうっとりさえしてしまう。


 感じてる顔を見られるのが恥ずかしくて腕で隠していたがあっさり解かれてしまった。目を滲ませて抗議の視線を送るが、色情を灯した秀麗な瞳に射抜かれて捕らわれる。


「……顔を、見せろ」


 昨夜はよく見えなかったと返されて、羞恥心で熱が上がる。二宮くんからの愛撫は意外と執拗で、私は悶えることしかできない。


 昨夜はどんな風に抱き合ったんだろう。気になるけれど繰り返される愛撫に思考が乱される。


 じんじんと腹の奥が疼いて足を閉じようとするが二宮くんの体が間に入っていて阻まれる。私が何を求めているのか察したのか片手が括れに沿って下肢へ下りてきた。片足を持ち上げられグッと外側へ開かれる。隠されていた部分に空気が触れて冷たくて、濡れているのは触れなくてもわかった。


 足を広げた状態で、二宮くんの指が足の付け根に辿り着くと、もう場所は知っているとばかりに入り口を中指で撫でる。


「んっ」


 濡れていることが確認できると長い指をゆっくり秘部に埋め込んでいく。目を瞑り小さく息を吐いて刺激に耐えていると上を向かされ深い口付けが始まった。


 舌で咥内を犯しながら秘部に突き刺している指は止まることなく快感を与えている。親指で熟れた芽を器用に擦り、中を広げるようにゆっくりかき混ぜていた指は徐々に激しくなり比例してクチュクチュという水音も増していく。


 すごく気持ちいい。いいところを何度も何度も攻められてゾワゾワと奥から何かが上がってきた。快感から逃れる様に足が突っ張る。


「あ、あぁ……っ」


 二宮くんの指をギュっと締め付けひとり達してしまった。荒い呼吸を落ち着かせていると二宮くんは体を僅かに浮かし、ベッド横のキャビネットに腕を伸ばしている。


 一番上の引き出しをまさぐってコンドームを取り出し、反り勃つ自身に装着した。二宮くんのものが入り口にあてがわれ、「いいか」と聞いてきた。ポーカーフェイスのままだけど、早く繋がりたいと熱の籠った瞳で見つめられ、達したばかりの下腹部が再び疼く。小さく頷くと腰を前後に揺らしてゆっくりと侵入してきた。


 少しずつ、二宮くんでいっぱいになっていく。


「……大丈夫か」


 やがて動かなくなり、二宮くんは私の様子を伺う。二宮くんのものをぴったりと奥まで受け入れた秘部は離すまいと咥え込んでいる。


 返事の代わりに体を起こして首に腕をまわし口付けた。唇を合わせたまま私の背中を抱き込んで倒すと、二宮くんはゆらゆらを腰を動かし始める。


「ん、んっ」


 馴らすように小さく揺らされ、私の体を気遣ってくれていることを感じて嬉しくて胸が熱くなる。唇が離れ私の肩横に両手を付いて起き上がると、それだけで二宮くんのものが奥まで届いて気持ちよくて背中が浮いた。徐々に動きが小刻みとなって繋がっている部分に熱が集中し、出し入れするたびに厭らしい水音が部屋中に響く。


 与えられる刺激に感じ始めた体を止められるわけもなく、ただ喘ぐことしかできない。強い快感に身を捩ると、腰を掴んで引き寄せられてズンズン奥を突いてくる。律動に耐えられないかのようにベッドがギシギシと軋む。私に覆いかぶさっている二宮くんは今まで見たことがない雄の表情で、何かを堪えるように眉を寄せて短い息を漏らしてる。


「あ、あ、んんっ」


 膣内がビクビクと痙攣し、先程とは比べものにならないほどの強い引き上げに目がチカチカしてきた。お互い限界が近くて、二宮くんは私の体を強く抱きしめて激しく揺さぶる。口が塞がれ舌も吸われて、もう何も考えられない。


 二宮くんの背中に必死にしがみついて快感に身を任せて高みへ登っていく。一際強く最奥を突かれて目の前が真っ白になった。私の背中が弓の様にしなり強い締め付けに二宮くんの体はビクリと強張る。


グッと腰を押し付けられ、膣内で吐精の脈動を感じた。


 二宮くんが体の力を抜いてのしかかってきたがそれすら気持ちいい。


「はぁ、はぁ……」


 ぴったりと重なったままお互いの浅い息遣いが漂う。彼の背中はじんわり汗ばんでいていつもの涼しげな姿とは違い余裕のなさに愛おしさが胸に広がる。ギュっと私の体を抱きしめて、中に収まっていた自身をズルリと引き抜いた。


「体、辛くないか」


 フフッと笑って首を振った。辛いなんて感じることは一瞬もなかった。気持ちが通じ合って、好きな人の腕に抱かれてこの上ない喜びで満たされている。


 二宮くんは私の髪を撫でるように引き寄せてこめかみに唇を落とした。

***

 事が終わった後、私はシャワーを借りてさっぱりした。いま、二宮くんと並んでベッドに座り背中を預けるようにして寄り添っている。身体に少しだるさは残っているけれど、それ以上に満たされた幸福感が心地よく広がっていた。何もかもが、夢の中のようだ。


「昨日の私って、どんな様子だったの?」


 コーヒーの入ったマグカップを唇に運びながら、ずっと気になっていたことを聞いた。昨夜のことを思い出せないままでいるのがどうしても落ち着かなかった。二宮くんはじっと私の顔を見つめたあと、ふぅっとため息をひとつつく。


 その仕草に、心の中でドキリとした。もしかして、私、相当酷かったのだろうか。申し訳なさが胸に広がる。


「昨日のお前は、いつもみたいにヘラヘラとにやけていて……」
「ヘラヘラって……」


 そんなふうに思ってたんだ、と少し引っかかる言い方。でも、ここは話の続きを聞くべきだと自分に言い聞かせた。


「突然、俺に『好きな人はいないのか』って聞いてきた」
「え!?」


 驚きの声が自然と漏れる。今まで聞きたくてもなかなか聞けなかったことを、昨夜の私はあっさりと……。


 記憶がないことに対する罪悪感がさらに大きくなる。二宮くんはそのことをまだ根に持っているようで(そりゃそうだ)目を細めて私をジロリと睨んでいる。彼が私を見下ろす角度もあって、その威圧感にますます押されそうになる。


 話を続ける二宮くんの声が、静かに響いた。彼の言葉によると、私が「好きな人はいないのか」と尋ねたあと、さらに「私はいるよ」と真剣な目で見つめながら言ったらしい。


 自分と同じ気持ちなのでは、という考えに至り「付き合ってくれ」と伝えたそうだ。その言葉に私は抱きつき、彼の部屋にそのままなだれ込んだ……というのが、昨日の出来事のすべてだった。


「ほんと……ごめんなさい……」


 恥ずかしさと情けなさで、ローテーブルに突っ伏したまま顔を上げることができなかった。


 最悪だ。酔って絡んだ挙句、大事な時に記憶がないなんて……。ていうか、酔った私ってあまりにも積極的すぎるんじゃない?


 そんな自己嫌悪が胸を締め付け、消えてしまいたい気持ちにまでなっていた。


 ふいにポンと頭に手が乗せられた。その優しい感触に、少しだけ肩の力が抜ける。


「記憶がなくなっていたのは想定外だったが」


 その言葉に、私は顔を腕からそっと上げて彼の方を見た。二宮くんの端正な横顔が目に入る。いつもと変わらない涼しげなものだけど、どこか優しさが感じられた。


「こうして二人でいるから、別に問題ない」


 冷静な声が、まるで私を安心させるかのように響いた。涼しげな顔つきは変わらないけれど彼が私を見つめるその瞳には、今までとは明らかに違う感情が宿っているように感じた。温かく、穏やかな眼差し。それに気づいた瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 じっと見つめていると、二宮くんは少し困ったように眉を寄せ、そっと顔を逸らしてしまう。その仕草が、照れ隠しなのだと私はもう知っていた。


 あの冷静でいつも落ち着いている二宮くんが、こんなふうに可愛らしく見えるなんて……。


 そんな彼が愛おしくてたまらなくなり、思わず頬が緩んでしまった。ふわっと笑みがこぼれ、私は彼の腕にしがみ付いた。

***

 これは後から知ったことだけれど、どうやら太刀川くんは以前から二宮くんが私のことを好きだと知っていたらしい。付き合いの長い彼には、二宮くんの微妙な変化を見逃さなかったのだろう。


 私は全く気づいていなかったけれど……。


 その鋭い勘をどうして勉強に活かせないのか、と内心失礼なことを考えてしまった。

 話が少し逸れてしまったけど、実際のところ、先日の居酒屋での出来事は太刀川くんの計画だった。なかなか自分から動こうとしない二宮くんを見かねて、私を程よく酔わせて、二宮くんにそのまま持ち帰らせようとしたというのだ。


 絶対に面白がってやったに違いない。あの人ならそういうことを考えそうだと思って、少し呆れつつも納得してしまう。

 本人曰く、まさかこんなに上手くいくとは思わなかったらしく、ボーダー本部でバッタリ会ったとき、太刀川くんは大笑いしていた。

「二宮、俺に感謝しろよ」
「チッ」


 

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